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有森裕子の現在・子供・若い頃まとめ|久しぶりの旅番組出演が話題【遠くへ行きたい】

有森裕子が遠くへ行きたいに出演 エンタメ
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編集長のママです。

元マラソン選手の有森裕子さんが、日本テレビ系の旅番組「遠くへ行きたい」に久しぶりに出演することが話題になっています。

バルセロナ・アトランタと2大会連続でオリンピックメダルを獲得したレジェンドランナーが、今どのような暮らしをしているのか——子供はいるのか、結婚・離婚の経緯は、そして若い頃の姿はどうだったのか。気になる方も多いと思いますので、まとめてみました。

有森裕子の現在|子供はいない、現在も独身

有森裕子さんは現在も独身で、お子さんはいません。

1998年1月、アメリカ人男性のガブリエル・ウィルソンさんと結婚しましたが、2011年7月に離婚が成立。2012年6月にメディアで報じられました。10年以上の結婚生活でしたが、子供を授かることはなく、離婚後は再婚もされていません。

離婚の背景についてはさまざまな憶測が報じられましたが、有森さん本人は多くを語らず、詳細は不明な部分が多いです。「結婚は意地だった」という言葉が独り歩きしたこともありましたが、真相は本人のみが知るところでしょう。

現在は日本体育大学の教員を務めながら、スポーツを通じた社会貢献活動に力を注いでいます。NPO法人「ハート・オブ・ゴールド」を立ち上げ、カンボジアなど海外での地雷撃空支援や子どもたちへのスポーツ普及にも長年取り組んでいます。57歳を超えた現在も、走ることへの情熱は衰えていません。

バルセロナ・アトランタ2大会連続メダルのイメージ

有森裕子の若い頃|無名から世界の舞台へ

有森裕子さんは1966年、岡山県生まれ。就実高等学校を経て日本体育大学に進学し、陸上部で汗を流しました。大学時代は全国的にほぼ無名のランナーでしたが、「走り続けたい」という強い気持ちを持ち続けていました。

転機となったのは、リクルート社のランニングクラブで監督を務めていた小出義雄氏への直筆の手紙。何度も手紙を送り続けてその熱意を認めてもらい、入部を枝つかめました。この出会いが、後のオリンピックメダルへとつながっていきます。

1990年の大阪国際女子マラソンで初マラソン日本最高記録を樹立して一蹍注目され、翠年の同大会では当時の日本新記録を更新。一気に代表候補の座を射止めました。

バルセロナ銀・アトランタ銅|2大会連続メダルの軌跡

1992年のバルセロナ五輪では、直前にかかとを痛め、さらにコンタクトレンズを一枚なくすアクシデントに見舞われながらも、2時間32分49秒で銀メダルを獲得。ゴール後の「初めて、自分で自分をほめたいと思います」という言葉は、今も語り継がれる名言となっています。

バルセロナ後は足底筋膜炎に苦しみ、小出監督やチームメイトとの軒輓もあってスランプに降りました。1994年に踵の手術を乗り越え、再び走ることへの意欲を取り戻します。

1996年のアトランタ五輪では銅メダルを獲得。女子陸上選手として日本初の2大会連続五輪メダルという偉業を達成しました。現役引退後も、その精神力と生き様は多くの人に影響を与え続けています。

遠くへ行きたい 故郷・岡山への旅イメージ

「遠くへ行きたい」出演|故郷・岡山への旅

今回久しぶりに出演する日本テレビ系「遠くへ行きたい」は、著名人がひとりで各地を旅する長寿番組。有森さんの出演回では、故郷・岡山を旅するプランが組まれています。

倉敷美観地区の散策や家族でよく立ち寄る喫茶店への訪問、津山城での人力車、津山名物「そずり肉」など、有森さんが故郷の味と風景を楽しむ姿が印象的です。競技の世界では常に己と戦い続けてきた有森さんが、穏やかに故郷を歩く様子は、どこかほっとさせるものがあります。

まとめ

有森裕子さんの現在を改めて振り返ると、子供はいない・現在も独身という私生活の一方で、教育・社会貢献・スポーツ普及と、走ることへの情熱を別の形で燃やし続けていることがわかります。

若い頃の無名時代から頂点へ、そして困難を乗り越えてアトランタでも輝いた姿——その生き方そのものが、今もなお多くの人の心を動かし続けているのではないでしょうか。「遠くへ行きたい」での久しぶりの姿を、ぱび楽しみに待ちたいと思います。

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