こんにちは編集長のママです。今日は長瀬智也さんについてお話ししたいと思います。
きっかけは、ある日ふと流れてきたTOKIOの曲でした。
「あ、長瀬さんの声だ」って、ほんの一音で分かってしまった瞬間。
なんでこんなに、すぐ分かるんだろう。
なんでこんなに、忘れられないんだろう。
その疑問がずっと頭に残っていて、今日はその「なぜか忘れられない声」の正体を語りたいと思います。
長瀬智也の声が持つ「矛盾した魅力」
長瀬さんの声を表現しようとすると、なぜかいつも矛盾した言葉が浮かびます。
ハスキーなのに、透き通っている。
低いのに、キュンとする。
荒削りなのに、どこまでも繊細。
この矛盾こそが、声の中毒性の正体じゃないかと思っています。
ふつう、ハスキーな声はざらっとした質感で心をかき乱す印象があります。
でも長瀬さんの声は、そのハスキーさの奥に透明感があって、ふっと胸の中に沁みてくるんです。
一度聴いたら「これ、誰の声?」ってならない。
「長瀬さんだ」って、絶対に分かる。
それだけで、声として唯一無二だと思います。
歌声だけじゃない|ドラマの台詞で聴かせてくれた声の魅力
長瀬さんの声といえば歌声が有名ですが、ドラマの台詞にも独特の魅力がありました。
感情を爆発させるシーンよりも、低くぼそっとつぶやくシーン。
あの抑えた声に、なぜか心が揺さぶられる。
『ごくせん』の二枚目なのに愛嬌あふれるセリフ回しも、『野ブタ。をプロデュース』のクールな声のトーンも、全部「長瀬さんの声」だから成立していたんです。
声で演じている、という感覚がすごくありました。
台詞の意味よりも先に、声の温度が届いてくる。
あれは、本当に特別なものだったと思います。
バラエティでの話し声がまた、忘れられない
バラエティ番組での長瀬さんの話し声も、じつは大きな中毒ポイントです。
笑いながら話すときのあの声。
仲間をいじるときのちょっと高くなるあの声。
TOKIO鉄腕DASH!で作業しながら独り言のようにしゃべっているときの声。
なんか、すごく普通なのに、すごく耳に残る。
「声が良い人の話し声ってこういうことか」と教えてくれたのが、長瀬さんだった気がします。
あのバラエティでの声も、もう新しくは聴けないんだな、と思うとじんわり寂しくなります。
引退後に声が恋しくなる、この感覚を言語化したい
2021年の引退以降、長瀬さんの新しい声を聴けていません。
新曲もない、新ドラマもない、新しいトークもない。
それが積み重なって「声が恋しい」という気持ちになっている自分に気づくんです。
特定の曲を聴くたびに「あ、また声に会えた」という感覚。
それは単純な懐かしさとは少し違って、「あの声じゃなければ意味がない」という特別な依存に近いものがある気がします。
これ、伝わりますか?
同じように感じているファンが、きっとたくさんいると思っています。
声って、顔よりも記憶に深く刻まれるんだな、と長瀬さんを通じて実感しています。
まとめ:長瀬智也の声の中毒性は、唯一無二だった
ハスキーで低くて、でも透き通っていてキュンとする。
歌声もドラマの台詞もバラエティのトークも、全部あの声だから成立していた。
そして引退後の今、その声がどれほど特別だったかをあらためて思い知っています。
忘れられない声って、あるんですよね。
長瀬さんの声は、まさにそれです。
過去作品でまた聴ける機会を見つけたとき、少しだけ気持ちが満たされる。
そんなファン生活が、まだまだ続きそうです。


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